なぜ紅茶は完全発酵なのかについて知りたい人

日本茶は不完全発酵ウーロン茶は半発酵ではなぜ紅茶は完全発酵になったのか?
いつも飲んでいる紅茶なんですが紅茶がなぜ完全発酵なのかを理解せず飲んでいませんか?
このブログを読むとそれがわかります。
完全発酵することにより生まれる効果も分かります。
本記事の内容
- 紅茶がなぜ完全発酵茶になった?
- アッサム種を見つけたのは誰?
- 緑茶と紅茶が同じ茶樹であることを知るには時間がかかった?

紅茶がなぜ完全発酵茶になった?
西洋に初めて茶を伝えたのはオランダの東インド会社(1610年)でしたが、それは紅茶ではなく緑茶でした。
当時オランダは中国やインドネシアとの東洋貿易に関して独占的な立場にあり、同じく東インド会社を経営していたイギリスはやむを得ずインドの貿易に重点を置いていました(インドで新種の茶樹アッサム種が発見されるのは19世紀のことで当時のインドに茶はありませんでした)。
1630年代からすでに喫茶の習慣が広まっていたオランダに対して1650年代になるまでイギリスで茶が飲まれなかった背景にはこうした事情があったのです。
しかも英国貴族の間で茶が飲まれ始めてからも、茶は全てオランダから買わなければなりませんでした。
イギリスは1669年にオランダ本国から茶の輸入を禁止する法律を制定し、同時に戦争(イギリスオランダ戦争1652年から1674年)を始めました
中国から直接輸入した茶が初めてイギリスに流通したのはオランダとの戦争に勝利を収めてから15年後の1689年のことです。
この年を境にしてイギリス東インド会社が基地を置く福建省アモイで茶が集められ、それがイギリス国内に流通するようになりました。
イギリスにおいて緑茶よりも紅茶が飲まれ、また独自の紅茶文化が発達したのはこのことが関係していると言われています。というのもアモイに集められる茶は全て紅茶に似た半発酵茶 武夷茶(bohea)だったからです。
武夷茶は茶葉の色が黒かったことから「ブラックティー」と呼ばれやがって西欧における茶の主流になったのです。
紅茶の辞典 、 成美堂出版、76ページより引用

アッサム種を見つけたのは誰?
紅茶の歴史が次なる新しい幕を開けたのは19世紀でした。
1823年イギリスの冒険家ブルースがインドのアッサム地方で自生の茶樹を発見し、後にそれが中国種とは別の茶樹であることが確認されたのです。
さらに1845年には緑茶と紅茶はその製法が違うだけで原材料は同じ茶樹であることが英国人のフォーチェンによって発見されました。
これらの発見によって中国種と新しいアッサム種との交配が進みインドやスリランカの各地で茶の栽培が始められたのです。
紅茶の辞典 、 成美堂出版、76ページより引用
緑茶と紅茶が同じ茶樹であることを知るには時間がかかった?
緑茶と紅茶が製法が違うだけで元の茶葉が、同じということを理解するのに22年もかかっています。
今では当たり前のことですが、 当時としては作り方の工程も少し違いますし、茶葉の大きさも違うので違う植物だと考えたのだと思います。

紅茶はなぜ完全発酵茶になった?の感想
今回の紅茶が 完全発酵になった理由が 福建省アモイで取れるお茶が半発酵茶だったためイギリスには発酵茶の文化が根付いていったところがとても興味深いところでした。
もし日本茶と同じ不完全発酵茶の産地だったら今の紅茶文化はあったのかは興味深いところですね!
お茶が発酵するとポリフェノールの一種であるカテキンが多く含まれるようになります。
このカテキンには「抗酸化作用」や「糖質の吸収を抑制する効果」があり、コレステロール値や血糖値の上昇を防ぐなどの効果があります。
発酵茶にはテアニンも多く含まれており、血圧に関しても上昇の抑制効果があります。