紅茶茶器ノリタケはなぜ有名なのか知りたい人

紅茶茶器メーカーノリタケはどのような経緯でスタートしたのか?
ノリタケの茶器はとても美しく紅茶を飲む時に幸せを与えてくれます。
そのノリタケがどのような経緯で紅茶茶器を作るようになったのか知りたくないですか?
このブログを読むとそれがわかります。
本記事の内容
- ノリタケはいつ設立したのか?
- ノリタケは近代日本において洋食文化を広めることに貢献しました。
- 紅茶茶器ノリタケを勉強しての感想。
ノリタケはいつ設立したのか?

洋食器の製造に日本で初めて取り組んだのが日本陶器合名会社、現在のノリタケカンパニーです。
明治9(1876)年、森村市左衛門は貿易会社を設立すると同時に弟の豊をニューヨークに派遣し輸入雑貨店「モリムラブラザーズ」をスタートさせました。
鎖国が解かれたばかりの日本で積極的に海外貿易に乗り出した彼らは1900年に開かれたパリ博で精密な絵付けを施された白い陶磁器を目にし、その美しさに心奪われます。
世界で通用する白色陶磁器ディナーセットを自らの手で開発したいという強い思いから市左衛門らは技術者をヨーロッパに派遣し学ばせました。
明治37(1904)年日本陶器合名会社を設立して制作に取り組んだものの、試行錯誤の繰り返し。
10年の歳月を要して完成にこぎつけ日本初のディナーセットを世に送り出したのでした。
当時の主な輸出先はアメリカ。
市場のニーズにあった商品づくりのために米国人デザイナーがデザインし日本で製造しました。
商品は大きな支持を得てノリタケの名を世界に広げることとなります。
フランクロイドライトが設計した帝国ホテルライト館の為に彼自身がデザインしたテーブルウェアを作ったのもノリタケでした。
香り高く味わう紅茶 池田書店 140ページから引用
ノリタケは近代日本において洋食文化を広めることに貢献しました。

日本人が普段の暮らしに洋食器を取り入れ始めたのは団地が誕生しダイニングテーブルで食事をするようになった昭和30年代以降のことでした。
これまでにノリタケが生み出したティーカップ&ソーサの図柄は数え切れないほどあります。
昔の図柄の復刻版と共にさらに新たな図柄も生み出され常に話題を呼んでいます。
香り高く味わう紅茶 池田書店 140ページから引用
紅茶茶器ノリタケを勉強しての感想。

1900年パリの万博、歴史書などを読んでいますとパリの万博で影響を受けた政治家や芸術家などが出てくることがあります。
どれほど美しくショッキングな万博だったのか、簡単に情報が入る現代ではわかることができないぐらいとても大きな出来事だったのだと思います。
それと同時にノリタケの洋風食器に対する熱意がとてもよくわかりました。
所有しているノリタケのティーカップは今までとは違う感情で使っていきたいと思います。